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updated 2012-01-26
ハンガリーの作曲家というイメージの強いバルトークが、実は現在のルーマニア領で生まれたと言う事実は案外知られていません。バルトークが生まれた時代は確かにハンガリー領。しかしながら第一次世界大戦後にルーマニアに併合された部分に当たります。ルーマニア語でスンニコラウマーレ(マジャール語ではナジセントミクローシュ)と呼ばれるこの村はハンガリーの国境から僅か5km程の所にあります。2009年12月の初頭に20年振りに訪れたルーマニア・アラドでのコンサートのついでに念願だったこの村を訪れることが出来ました。

この村でバルトークの真価を認め、バルトークの生まれ故郷としてメモリアルルームを創設するなど、バルトークに情熱を燃やしているのは残念ながらこの村でたった一人、とある薬剤師の努力なのです。片田舎といって良いこの村の一般の村人にはバルトークの音楽はなじみにくく、バルトークがハンガリーの家系という民族的な軋轢もあり、この世界的な作曲家が生まれ故郷で正当な扱いを受けていないのはとても悲しいことです。民族の壁を越えてグローバルな活動を目指したバルトークは、生前から受けていたさまざまなバッシングは悲しいことに、未だ尾を引いているといえるかも知れません。
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